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美肌の湯ですべすべ 【日本経済新聞 2014年3月29日】
2020/06/09(火)
峠越しに草津温泉へと通ずる山あいに、昭和30年代の面影を残す温泉地がある。草津の酸性湯に浸かった肌をここでいやしたことから「草津の仕上げ湯」と称される沢渡温泉(中之条町)だ。江戸後期、西洋医学に通じた蘭学者高野長英が逗留したと伝わる。
特急草津号の止まる中之条駅からバスに乗り25分。十数軒の宿や店が軒を寄せ合う温泉街に着く。昭和30年代に建てられた建物が多く「まだこんな温泉地が残っていたか」とうれしくなる。
その昔、善光寺参詣客の指定宿だったという看板のかかる「まるほん旅館」の部屋に荷を置き、早速温泉へ。檜造りの湯小屋に木製の渡り廊下を渡っていく。すぐ隣の共同浴場から桶を置く音や笑い声が響いてくる。
天井の高い湯小屋には湯船が2つ。石臼と木升をかたどった湯口から熱湯が注がれている。青緑色の利根石が敷かれた湯船に浸かるとちょうどよい湯加減。加水もしないかけ流しの源泉は香りが豊かで、無色透明の湯を口に含むとかすかに硫黄臭がする。体を洗うためではなく、ゆっくりと湯に浸かり心身を整える昔ながらの温泉で、疲れた体にジワッとしみてくる。湯上がりには肌がすべすべになり、いつまでも温かさがひかない。古くから伝わる「一浴玉の肌」というコピーはまさにその通りだ。館内には湯小屋のほかに、貸し切り湯や露天風呂もある。
沢渡温泉には連泊・滞在する宿泊客も多いため、まるほん旅館では食事の量も選ぶことができる。週末を含め、ひとり旅も歓迎してくれる。近代的な建物はないが、まさに現代人に合った温泉だ。