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どうしても守りたかった珠玉の湯 【旅の手帳 2015年12月号】~泊まった人がおすすめする もう一度行きたい温泉宿~

2020/06/09(火)
沢渡温泉は、四万温泉とともに”草津の仕上げ湯”と呼ばれたいで湯。強酸性の草津の湯で荒れた肌を、湯治を終えた後に、この湯で整えて帰るのが往時の習わしだった。いわく”一浴玉の肌”。ナトリウム塩の保湿効果、硫酸イオンの肌の蘇生作用などもあり、よく温まり、肌のしっとり効果、引き締め効果もあるといわれる。
「4年ほど前に完全かけ流し温泉にして、湯の肌触りも何もかも驚くほど変わりました。今は、お湯に対してクレームをいわれるお客様はいませんね」
と、ご主人の福田智さん。福田さんがこの宿の主人となった経緯には、大変なドラマがある。福田さんは元銀行員で、約10年前後継者問題でこの宿が閉鎖されると聞き、担当営業として買い取り手を探した。だが温泉権の問題などで話はまとまらなかった。そして先代が、「付け火に遭っても困るから壊しちゃうべ」と言ったとき、なんとかしてこの湯を守らなければと、「オレがやろうかな」とつぶやいた。話はトントン拍子に進んだが、温泉権問題は残り、結局、福田さんの一家全員が先代の養子になった。そうしてこの宿を、この湯を、引き継いだのである。
「カミさんは『何を考えてるのよ』と言うし、勤め先でも『何か悪いことでもやったのか?』と(笑)。でも、ここの湯に手を入れた瞬間、ビリビリと電気が走った感じがしたんです。この温泉がなくなっちゃうのはマズいぞ、と。だって、あの歴史のあるお風呂も壊しちゃうって言うんだから」
 戸籍を変えてまで守った湯は、宿の代名詞でもある混浴大浴場の総檜風呂(女性時間あり)と貸切り露天風呂(予約不要。無料)、婦人風呂(男性時間あり)にあふれている。
各風呂は温度も違い、同じ源泉ながら浴感が微妙に異なる。もっともフレッシュなのは混浴大浴場の大浴槽で約43度、同じく小浴槽は40度で少しやわらかな肌触りだ。新しい婦人風呂は41度でその中間くらい。貸切り風呂は、湯船に入ると温泉がザバーッとこぼれ出る。僕は、檜造りの大浴槽に入ったとき、ビビビと電気が走る思いがした。
「一浴玉の肌の湯を体験してほしい。とにかくお湯には自信があります」
と、元銀行マン主人は胸を張った。

●●● もう一度行きたい理由 ●●● 矢口正子(本誌編集長)
元銀行マンのご主人の温泉に対する思い入れがすごい。宿の廃業を聞き、この湯を残さなければ、と赤の他人の養子になって宿を継いだ。源泉が同じでも、風呂の大きさや環境で湯の感触が変わることに驚く。いい意味で”放っておいてくれる”のも魅力。

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